広くて浅い ぐだぐだ日記

Author : 梨木みん之助 自作小説、紙芝居、あったらいいなと思うモノから 季節ネタ、日常生活まで・・たまに社会批判も。

自作短編小説 ~ 先祖返り

カクヨム」で読みたい方は こちら

f:id:minnosuke:20200608222949j:plain


ピンクの花びらを、クリーミーな黄色で縁どったチューリップ。
今年だけで終わらせてしまうのは、勿体ないですよね。
花が終ったら、球根にして 取って置きましょう。

でも、来年 植える時には、土壌の質に気をつけて下さい。
単色のチューリップだけが生えてくる場合があります。
園芸の世界でいう「先祖返り」ですね・・。

-------------------

とても爽やかな5月の朝、
出勤の支度をしていた年雄(としお)は、
庭にいる妻から声を掛けられた。

「ねえ、あなた…。 綺麗でしょ~!
 赤・白・黄色 ~ ♪ 3色のチューリップの揃い咲きよ!
 でも、おかしいの。 去年はミックスカラーだったのに …?」
「ああ、先祖返りだろう。
 おまえが、栄養の殆どない 花壇の外なんかに植えるから、
 生き残る為に、野生の力を呼び起こしたんだよ。」
「さすがは 生物学者ね。
 球根が小さ過ぎたから、捨てるつもりで埋めたんだけど・・
 原種の力って 強いのね。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

年雄は、地元の医科大学再生医療の研究をしている。
いわゆる、臓器のクローン作りだ。

臓器移植では、1人のドナーから救える患者の数は限られる。
しかし、臓器からクローンを作り、さらにそのクローンから
また クローンを作り・・
という 研究が上手くいけば、将来は 救える患者の数を、
ネズミ算的に増やしてゆく事が可能だ。

しかし、伝言ゲームと同じように、何回もコピーを続けてゆくと
いつかは ミスコピーが起きてしまう。
彼は、そのリスクについて調べているのだ。

-------------------

大学の研究室に到着した年雄は、
自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら、
昨日までの実験レポートに目を通していた。

もう、この研究を始めてから10年が経つ。
クローン培養のスピードは、体の部位によって差があるが、
現在のコピーは、およそ135世代目。
人類の歴史に換算すれば、4,000年分に相当する。

昨年までは、たいした研究成果は出ていなかったが、
今年に入って、急に重要な実験データが増え始めてきた。

培地に十分な栄養を与える組と、与えない組とでの対比実験
をしているのだが、後者での突然変異が 際立ってきたのだ。
本来は、ヒトの手のコピー のはずなのに、
なんとなく サルの手に近づいて来たような気がする。

年雄は、今朝の妻との会話を思い出しながら、
「もし、これが ヒトの『先祖返り』だとしたら、
 我々は、人類のルーツを解明する事になる。
 これはノーベル賞ものだな・・。」
などと、考え始めていた。

そこへ、第1助手の加奈子が 血相を変えて 飛び込んできた。

「先生、大変です!・・ 足が、足がっ・・。」
「何っ!足がどうした?」
「わ、割れました・・。」
「なにっ?」

慌てて、実験室に急行すると、
何代も コピー し続けてきた「ヒトの足」が、
まるで、出来そこないの ニンジンや大根のように、
途中から2股に分かれている。

しかも、その2股は いずれとも、
ヒトやサルとは 懸け離れたモノだった。
一方は、表面がザラザラした肉厚のモノであり、
もう一方は、妙に骨っぽく 筋張っている。

いったい人間の足のルーツは、何なのだろう?
年雄は、加奈子に2股に分かれた 先の部分だけを切り取り、
それぞれを別々に培養するよう命じた。   

今ひとつ 気乗りがしない加奈子が、年雄に聞いた。
「いいんですか先生?
 そんなマッドサイエンティストみたいな実験 しちゃって・・
 130世代目あたりで、致命的な異常が出る事が解かれば、
 再生医療の研究としては、充分じゃないですか。
 このまま培養を続けて、未知の危険な生物を作り出し、
 パンドラの箱を開けてしまったら、どうするんですか?」
「大丈夫さ。箱の底に残るのは 『希望』だろ?
 ノーベル賞を貰ったら、表彰式には君を連れて行きたいな。」
「うげぇーっ・・! そのギャグ キモ過ぎますっ!」

年雄は、実験の続きを加奈子に任せると、
色々な動物の細胞サンプルを取り寄せた。

興味深いのは、この「股割れ」現象が、他の部位でも
ほとんど同時に起き始めている事だ。
もしかしたら、これは 大発見になるかもしれない。
研究者としての功を焦る年雄の私欲は次第に強くなっていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3ヶ月が過ぎた。
2種類の足は、明らかに違う方向へと先祖返りを続けているが、
他にも 重要な事実が2つほど解かった。
1つは必要とする栄養の量が、日に日に少なくなってゆく事。
もう1つは、細胞分裂の速度が日に日に早くなってゆく事だ。
種(しゅ)を保存しようとする力 に満ちた、野性味のある
ヒトの原種へと、確実に戻り始めている。

そして、その2ヶ月後、ついに先祖返りは「臨界点」を迎えた。
もう、ほとんど栄養を与えなくても、
見ている目の前で、足が、また足を産み、まるでバナナの様に
上へ上へと積み重なって行く。
あまりにもグロテスクで、恐ろしく異様な光景に、
研究室は、これ以上無い程の 緊張感に包まれていた。

第2助手の キヨシが、別棟の実験室から駆け付けて来ると、
ほぼ同時に2種類の足は、それぞれの原点に辿り着いた。
一方はカモシカの足、もう一方はゾウの足だ。

それを見たキヨシは ホッとしながら、茶化すように言った。
「わてには、この結果 解かっとったでー。
 毎朝、駅で女子高生の生足 見るやろ?
 そのたびに、そう思っとったんや!」

「なーるほど!」 他の研究員たちも 妙に納得し、
研究室には 何となく、安堵の空気が流れた。
取り寄せた細胞のサンプルと比較してみたが、
確かに ニホンカモシカと、インドゾウのものに
他ならない。決して危険なものを作り出した訳ではなかった。

すると、もう1人の研究助手、留学生のケントが、
血相を変えて、彼の実験室から 飛び出して来た。

「センセイ !タイヘンです。
 マエに分離した 肝サイボウのクローンが! 」
「どうした?」 
「ブタの肝サイボウと、カエルの肝サイボウに ナリました!」
「何だって! 何でも飲み食いするブタの肝細胞と、
 口から水分を取る事さえ出来ないカエルの肝細胞だって?」

加奈子が、笑いをこらえながら言った。 
「くっ・・じゃあ、お酒を飲める人と飲めない人の違いって・・」
キヨシが、大声で まくしたてた。 
「上戸(じょうご)とゲコ ってかぁーっ!カエルだけにぃーっ!」

研究室は 大爆笑となり、全ての緊張感は 一気に消し飛んだ。

それ以降は、ゆるゆるとした雰囲気で研究が続けられていった。
キヨシは得意になって、皮膚細胞は サメとオランウータンに
分かれる。 などという、大胆な予測まで立てていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、先日の2つの実験結果が、
新たに、大きな問題を投げかけた事も事実だ。

同じ哺乳類だから、カモシカとゾウの交尾は無いとも言えない。
しかし、どう考えても、ブタとカエルは ムリだろう・・。
それに、足と肝臓で、先祖が違うという事も有り得ない。
いったい、紀元前5,500年頃に、何があったのだろう?
聖書で言う「創世記」の時代に?

-------------------

年雄の研究室には、1つだけ 他とは様子の違う班があった。
脳のクローンを担当する班だ。
いや、正確に言えばクローンではない。
脳は 作る度に だんだん小さくなってきた。
オリジナルと全く同じでなければ、クローンとは言えない。
減数分裂」と言えば良いのだろうか?
脳の外側の軟らかい部分が 次第に失われて、
根幹の固い部分が むき出しになってきた。

やはり、人間の脳は、元々人型なのだろう。宇宙人に由来する説までは否定できないが、他の動物とは異なり過ぎる。

この班は 雰囲気まで、他とは大きく違っていた。
リーダーの堀江は、元々は 大人しい好青年だったが、
いつの間にか 狂暴になり、感情を露骨に表すようになった。
彼は 人の食べ物を盗んだり、
キヨシの彼女である加奈子に無理やり抱きついたり、    
最終的には「死ね、コロス!」などと叫びながら、刃物を
振り回すまでになってしまった。
一次欲求の権化となった堀江は、二週間ほど前に大学を退学し、
それ以降は、外部からのアルバイトが交替で研究を続けている。

太古の人類は、現代人が使えなくなった超能力を持っていたという説もある。
原始脳の発する特殊な力が彼を変えたのか?
今 むき出しになっている 脳の中心部分は、
いわゆる「旧皮質」であり、一次欲求の源である。
考えられない事ではない。

この脳も、200代目に近づき、近々臨界点を迎える。
とんでもないモノにならなければ良いのだが・・。
しかし、異生物の脳ではない!人間の脳だ。
きっと大丈夫だろう・・。と、年雄は無理に不安を振り払った。

-------------------

今日は、心臓が 臨界点を迎える。
研究生たちは、みんな興味深々で集まってきた。
ほとんど栄養を与えていないのに、心臓は次々とコピーを作りながら、原始の姿に戻って行く。

最初に変化が現れたのは 表面だった。
やや硬い部分が、昆虫の甲殻の様な物を まとい始めた。
そして、他の部分からは、見る見るうちに
毛のようなものが生えてきた。

「ワタシ知ってるね。『心臓に毛が生えたような』ってコトバ」
ケントが 得意げに話し出すと、一同はニヤ着いた。
「わたしにだって 解かるわ。あの甲殻みたいなものは、
きっとノミの表皮なんじゃない?」
真面目な加奈子までが ボケ始めたので、
一同はもう、笑いをこらえきれなかった。
場を真剣に戻そうと、年雄が
「で、何の動物の毛なんだ?」と切り出すと、
「おっ!クチバシみたいなもんが生えて来たでー!
 わかったぁーっ! チキンやーっ!」と、
キヨシが、待ってましたと言わんばかりに、
いちばん美味しい処を持って行った。
「あーっ。やられたっ! もう、それ以上のオチは無いなぁー。」
と、一同が 安堵モードに入った時だった。

 

「あれっ! クチバシじゃないわ!… ツノ? かしら?」
と、加奈子がつぶやいた。
「いやぁーっ、ツノ言うより キバやな。
 せやけど、羽が生えてるんやから やっぱりトリやろ…。」
キヨシの言った事を、年雄は 直ちに否定した。
「あれは 鳥の羽根じゃない! コウモリの翼だ!」

ケントの顔が真っ青になり、そして、震えるような声で言った。
「尻尾も鳥ジャナイョ・・・細くてサンカク・・。」

一同は ハッ! と息を飲んだ。

「もしかしたら … ア・ク・マ ?」

「なるほど、人の心には悪魔がいるってか? 心臓だけに・・。」
既に金縛りに合い 手足が動かせなくなっていたキヨシが、
全てをあきらめたかのように、静かに吐き捨てた。

心臓が、隣の部屋の脳と共鳴を始め、研究室が揺れ出した。
おそらく、原始脳は意図的に分裂を早め、
見えない壁の向こうで、同時に臨界に入っていたのだろう。
悪魔の形をした心臓は、まるで隣の部屋から呼ばれたかの様に
壁に近づくと、鋭い爪で壁を粉々にした。

「オゥー、ワタシたち モウ逃げられナイの?」  
「ムリやろ。体 ぜんぜん動かへんで。すんごい 超能力や」

悪魔は、脳と合体すると、カモシカやら ゾウやら カエルやら
ブタの細胞まで 全てを取り込んだ。
「なるほど、7,500年前に カエルとブタが交尾した訳じゃなく、
 悪魔が核になって、いろんな遺伝子を取り込んだのか。
 発表できればノーベル賞は間違い無しだっだろうなぁ…
 しかも、『悪魔のような思考』の元になっていたのが、
 人間自身の 原罪や一次欲求 だったなんて・・。」
という 年雄の最終講義を聴いている者は、もはや居なかった。

悪魔は、鋭い爪で年雄の皮を剥ぎ取り、それをかぶった。
しっかりと融合している・・もう、どこから見ても 人間だ。
そして、年雄の姿で、年雄の中身をガツガツと食べ始めた。
さすがはブタの肝細胞。食欲は留まるところを知らない。

キヨシがどれだけ加奈子を愛しているかを、教授は知っていた。
しかし、教授の皮を被ったソレは、身動きのできないキヨシの
目の前で 加奈子を犯して、殺して、また喰らった。
その皮だけを残して…

研究室では、大量の悪魔が生産され続けていた。
第2号は、まず ケントに襲い掛かかり、次にキヨシを喰い、
まだ足りなかったのか、ケントのイケメンマスクを付けて、
教室に残っている女子生徒を食べに出かけた。
加奈子の姿の第3号は、男子生徒を実験室に連れ込んで食べ、
第1号は、妻と近隣住民 を食べるために家に戻った。

研究者の虚栄心が開けてしまったパンドラの箱によって、
世界中の人々が食い尽くされるのも、そう遠くはないだろう。